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松山地方裁判所西条支部 昭和51年(ヨ)7号 判決

債権者 野村正雄 外六三五名

債務者 土居町

主文

債権者らの本件申請を棄却する。

訴訟費用は債権者らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  債権者

1  債務者は、別紙物件目録記載の場所に、し尿処理施設を建設してはならない。

2  執行官は、前項の趣旨を公示するため、適当な方法をとることができる。

二  債務者

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  申請の原因

1  債務者は、別紙物件目録記載の場所(以下、「本件予定地」という。)に、し尿処理施設(以下、「本件施設」という。)を建設することを計画し、土居町衛生センターなるものを建設せんと、目下、施設建設準備中である。

2  債権者らは、本件予定地に近接する蕪崎地区に土地、建物を所有、占有するなどして居住している。

3  債務者は、本件予定地に本件施設を建設する権原はない。すなわち、本件予定地の公簿上の土地の大部分は公有水面下の土地であつて、現実には存しない。

仮に、現実に存したとしても、右土地は、もと合併前の旧蕪崎村の所有に属していたところ、昭和二九年、合併によつて旧蕪崎村が消滅したため、その時から蕪崎地区(旧蕪崎村)住民の共有に属することとなつた。

4  本件施設の設置による害悪の必然性

(一) 本件施設については、債務者から一日に二トン車で六ないし八台の生し尿を処理するとか、三次処理方式であるとかなどの説明がなされているにすぎず、それ以上の具体的な処理方式や処理能力については何ら明らかにされていない。

(二) しかし、従来、各地に機能不良なし尿処理施設が建設され、現に運転されており、現在でも廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則に定められたBODの基準(日間平均値三〇PPM以下)に合格しないものが多くて、被害が生じていると言われている。そして、これらの施設では、生し尿の恒常的過剰投入のため、必要な処理日数を経ずしてほとんど生し尿に近いまま放流されることがあること、余剰汚泥の脱水が非常に困難なため、その処理に困り、時にはこつそり付近の海に投棄する場合もあること、日々変化する生し尿の量に応じた活性汚泥、空気、希釈水の量の調節に苦慮し、それができない結果、活性汚泥の死、過重希釈等の弊害が生じることが多いこと、海水による部品の腐食が著しく、故障しやすいこと、施設自体に放流水の検査体制が整つていないのみならず、一日数回検査すべきなのにこれが行なわれていない等、設計どおりには運転されていないとされている。

(三) 以上のことは、三次処理方式による本件施設についても、高度の蓋然性を有するものである。

(1)  本件施設と同一メーカーのものであり、しかもその処理能力は本件施設よりも優れたものであるとされ、完全無公害を標榜し、四〇億円もの巨費を投入して設置された広島県出島の三次処理方式によるし尿処理場が、設置直後から一年近くも悪臭公害を発生させているという現実が、このことを雄弁に物語つている。

(2)  債務者においては、現在、企業誘致が具体化しつつあり、右誘致が予定されている会社は従業員約一、〇〇〇名という製鉄会社であり、かかる大企業が誘致されれば、その関連企業、下請け業者および商業関係者等の進出も当然予想されるところであり、これらによる人口増加が、本件施設におけるし尿の過剰投棄を招来することは必然である。

(3)  本件予定地を含む蕪崎海岸は燧灘の風の吹き回し地点に当たり、その一帯にパラペツト防波堤が高く構築されていることからも明らかなとおり、同海岸を襲う波浪風雨は極めて強大なものであつて、とくに時化のときに同海岸に押し寄せる波浪風雨は想像を絶する凄まじさと言われる。本件施設は、このような海岸のパラペツトの外海部に、土地を造成して設置されるのであるから、絶え間ない潮風による金属製部品の腐食のみならず、強烈な波浪風雨による機械設備ないし施設自体の損壊は必然であり、これらを原因とする機械の故障、機能不良が続出するのは数年を出ることはないであろう。

5  右のため、債権者らは、次のような重大な被害を蒙むる。

(一) 悪臭

いわゆる二次処理方式と三次処理方式との差異は、排水の浄化における程度の差異にすぎず、悪臭には関係のないことであるから、現在、各地の二次処理方式の施設で生じている悪臭公害は、当然、本件施設においても発生する。そして、臭気の発生源として、常識的に数えられるだけでも、一日六ないし八台も集合するというバキユーム車の車体から発する臭気、右バキユーム車から生し尿を投入槽に投入する際に発する臭気、投入槽からし尿中の夾雑物を除去する際の引き上げ口、および引き上げられた夾雑物から発する臭気、希釈調整槽ののぞき口から発する臭気、浄化槽内のし尿から発生したガスがガスタンクに充満し、余剰ガスが放出される際に発せられる臭気、浄化する際に発する排気ガスの臭気(この臭気は生し尿本来の臭気とは異なる。)等があげられる。

しかも、債権者らの居住する蕪崎地区は、本件予定地より内陸へ最短距離約六〇〇メートルないし最長距離約一、一〇〇メートルの範囲内の所に位置している。加うるに、風は平常時において殆んど海の方から内陸に向かつて吹いているので、本件施設から生じる臭気は、債権者らの居住地区にまともに吹きつけてくるという状況にある。

これらの悪臭による頭痛、吐き気、目まい、不眠、気管支炎、内臓疾患等の生理的障害や精神的なノイローゼの発生は容易に予測できる。また、屋外での農作業時間の減少による農作物の収穫減少や家畜類の生育不良も予想され、そのほか蕪崎地区で採取された野菜類は臭いなどと言われて売れなくなるなど経済面でも多大の被害が予測される。

(二) 海水汚染

蕪崎海岸は、土居町海岸の中心部に位置しており、昔からアサリの名産地としてそのシーズンには地区住民のみならず県内外の潮干狩客が海岸を埋め尽くすほどに賑わい、また、「燧灘で最も美しい自然が残つている海岸」として数少なくなつた自然の海水浴場として土居町住民だけでなく近接市町村からも海水浴客が訪れている海岸である。それ故に、同海岸は、債務者自身が、これまで土居町の代表的観光地として最も推賞している海岸である。

このような場所にひとたび本件施設が設置されてしまえば、いくら無公害であると宣伝しても、もはやその近辺の海岸でアサリを取つたり海水浴を楽しむ者もいなくなるであろう。また、もし、機械の故障、過剰投棄、操作不良により、ただの一度でも、生し尿がそのままあるいは浄化不完全のまま排出され、付近の海水を汚染すれば、もはや二度と蕪崎海岸のアサリを口にする者はいなくなるし、誰も同海岸では泳がなくなるであろう。まさに自然環境の破壊および入浜権の侵害以外の何ものでもない。

(三) 水脈枯渇

本件施設が稼働し始めると、一日三〇〇ないし五〇〇トンの水を必要とするとされ、これらの水は蕪崎海岸の地下に伏流する真水を使用する計画であるという。

しかるところ、蕪崎地区でも生活水や農業用水として地下伏流水を汲み上げており、これらの水脈は本件施設に用いられる計画の地下水とその水脈を同じくしているものと考えられる。蕪崎地区では、現在でも、乾期には、地下水が不足しているような現状であるのに、本件施設によつて恒常的に一日三〇〇ないし五〇〇トンもの地下伏流水を汲まれたのでは、いずれはその水脈が枯渇してしまうのは必然である。さらに、また、前述のとおり予定されている誘致企業が製鉄ないしその関連企業であれば、多量の工場用水が必要とされるであろうから、かりに現在地下伏流水に余裕があるとしても、本件施設と競合して水脈枯渇をもたらす蓋然性を無視できない。蕪崎地区住民にとつては、まさに死活問題である。

(四) その他の心理的社会的影響

臭気や海水汚染については、その現実的な被害はもとよりであるが、その心理的な影響も重大である。例えば、バキユーム車の後を自動車で追従していると、窓を密閉していて臭気が入る余地がないのに心理的な悪臭を感ずるのはその好例である。

さらに、蕪崎地区の母親達は、本件施設が設置されると娘や息子の結婚問題にも影響が出てくるとして、真剣に苦悩している。例えば、娘を持つた母親にあつては、「大きな肥溜の近くで育つた娘だから身体まで臭くなつている。」等言つて縁組にケチをつけられたり、嫁にやつても婚家先で軽蔑されたり、嫌味を言われたりなどはしないだろうかとか、息子を持つた母親にあつては、「臭い所へは嫁にはやれない。」等といわれて嫁の来手がなくなるのではないかなどといつた心配がある。

6  前述のとおり、現実のし尿処理場からは必ず公害が発生するのであるから、公害が発生した場合にも、その被害が最も少ない場所を選定することが行政のあり方であるところ、土居町には、磯浦地区(希釈水が得られないというが、債務者推賞の波方のし尿処理施設は海水利用である。)をはじめとして、他にも適地が存在している。

7  行政機関が環境に影響を及ぼす事業を行なうに際しては、当該事業が環境に及ぼす影響について、その防止策および代替案の比較検討を含め、事前に、その予測と評価を行ない、その情報、資料を開示するとともに、関係住民の意見を述べる機会が保障されなければならず、これらの手続きが遵守されないときは処分の違法の問題が生ずると解すべきである。ところが、債務者が本件施設建設について事前に公表した計画案の中には「何処に設置し、その影響はどのようなものか。」という最も重要な点は何ら明示されておらず、また、債務者が蕪崎住民の同意を得るべく努力したとしても、それは債務者が本件予定地を極秘裡に、かつ、独断的に決定しておいて、その決定を事後的に住民に承服させるための事後承諾工作ないし反対派(といつても地区住民の九五%)の切り崩し工作としてのものにすぎなかつた。

このように、本件施設設置についての債務者のやり方は、民主主義の基本原則を全く踏み外したものといわざるをえず、この理由だけをもつてしても本件施設の建設工事を差し止めるに十分である。

8  本件施設の建設を差し止めることによる債権者、債務者双方の利害得失は次のとおりである。

債務者が本件施設の建設工事を強行する理由は、来年(昭和五二年)二月末までに施設を完成させないと国、県からの補助金約八、〇〇〇万円が貰えなくなること、来年五月末をもつて現在のし尿の仮投棄所の契約期限が切れるため、本件施設ができなければ、他にその代替地を用意しなければならないことの二点が主たるもののようである。しかし、補助金については、今年度に交付されなくとも、条件さえ整えば将来いつでも交付されうるし、仮投棄所の代替地については、土居町には八〇〇町歩からの山林原野が町有地として存在しているばかりでなく、もし必要とあらば、債権者の一人である野村正雄がその所有土地(仮投棄所として適地)をいつでも提供する旨申し出ているのであるから、その緊急性は容易に解消される。

一方、本件施設が建設されてしまうと、蕪崎住民一、一〇〇余名の健康的な生活環境は破壊され、先祖伝来の恵み多い自然環境は確実に失われてしまい、しかも、これらの被害は一過性のものではなく永続するものであつて、金銭でもつては到底償うことができないものである。

従つて、仮に、一部疎明不足があつたとしても、それは保証金によつて十分補足し得るというべきである。

9  以上の次第であるから、債権者らは、本件予定地についての債権者らの各持分、居住地、居住家屋又は耕作地等の所有権もしくは占有権、漁業権類似の権利ないし入浜権、人格権又は環境権に基づく差し止め請求権によつて本申請をなすものである。

二  答弁

1  申請の原因1および2の各事実は認める。

2  申請の原因3は否認する。本件予定地は、現況としても、隣接海浜より小高くなつており、異常な高潮でもない限り大体満潮時でも小高い砂れき地として残つている。そして、右土地は、もともと合併前の旧蕪崎村の所有地であつたところ、合併により債務者の所有となつたものである。このため、県当局は、国有にかかるパラペツト(防潮堤)敷と統治権の対象である海域(沖側)との中間に町有地が残存することを認め、本年(昭和五一年)三月三一日、右土地について国有地との境界を確定した。本件予定地は、このようにして境界が確定された町有地のうちの一部分である。

3  申請の原因4の(一)中、本件施設が三次処理方式を採用していることは認めるが、その余の事実は争う。

4  申請の原因4の(二)は否認する。し尿の集中処理方式の基本はあくまで生し尿の消化処理であり、随伴する障害を除去しつついかに効率よくこれを行なうかという技術がし尿処理の原理ともいうべきものである。この要請にこたえ現時の最も進歩した処理方式は、右の基本的消化方式に酸化処理と化学処理機能とを組合わせていわゆる三次処理を行ない、これから廃棄物として排出されるものは滅菌、脱色された基準内水質の水および分離した固体の焼却による灰だけであり、メタンガスなどの気体(悪臭)は吸入パイプを通じ高熱焼却炉に導かれて燃焼脱臭され、残つた一部悪臭も補助的脱臭装置で解消されるから特有の悪臭は全然存在しない。債権者らが列挙する事件の如きは、たまたま二次処理方式による不完全な過渡期的施設のうち問題となつたものにすぎず、三次処理機能をもつ最新式のプラントでは、かかる事故例はなく、またその可能性もない。しかも、債務者において施設運営につき十分な管理体制を確立している。

5  申請の原因4の(三)は否認する。

(一) 広島市出島のし尿処理場は債権者らが援用するのと反対の意味で参考になる。つまり、右施設にあつては六〇万人の糞便に油を混ぜ絞つてこれを焼却するのであるから、高濃度の異臭が大量に発生するのは当然であり、創設当時はその現象があつたが、機構の改修を続けた結果施設の外部では臭気がなくなつたものであり、この事実は我国のし尿集中処理の防臭対策上貴重な経験となつた。

(二) 我国の人口増加傾向は全般的に鈍化しており、遠からず横ばい状態になるであろう。そして、人口の移動による地域的増減はあるが、土居町のごとき地方小都市においてはその動態は極めて安定している。企業の誘致によつて多少の流入人口があるとしても、昼間の流出人口と相殺すれば消長はない。そうして、人口一人当たり平均の汲み取りし尿量は一日一・四リツトルであるとするのが公的統計である。

したがつて、以上二つの要素を把握したうえで計画した日量二五キロリツトルの処理能力ある施設を建設すれば、充分余裕があり需要に追われることはない。しかも、最近では政府も国庫補助との関連において、厳重に計画立案を監督しており、過去の過剰投棄による弊害はなくなつている。

(三) 本件予定地選定の理由は後述するとおりであるが、選定に際して非常災害の場合を考えるならば、何処を選定しても危険である。もし山上にあるし尿処理場が地震や集中豪雨による山津浪に襲われ破壊した場合を想定すると山ろく一帯に対する黄害は思い半ばに過ぎるものがあろう。さらに、機械の故障問題についても、機械に故障はつきものであるという以外、この機械特有の故障原因があるわけではない。

6  申請の原因5は否認する。

(一) 三次処理方式というのは本来は汚水処理に着目しての呼称ではあるが、他面これと並行して臭気処理の工程も数段階増設されているのがほとんどであり、三次処理施設といえば脱臭装置も完備している。

債務者の採用する処理プラントにおいては悪臭は全然発生しない。この処理プラントにおいては、債権者ら指摘の臭気発生源はいずれも吸引パイプ回路に直結され、原因気体は集中的に八〇〇度以上の高熱炉に送り込まれ焼却によつて完全に解消するか、あるいは水洗、吸着、ろ過されて消滅しており、処理工場内においてさえ異臭を感じることはないのであるから、本件施設から六〇〇メートル以上の距離にある債権者らの居住地区に影響のありうるはずがない。

ちなみに、最近越智郡波方町に完成された本件施設と同規模の三次処理方式し尿処理場にあつては、排出水および焼却灰は4で述べたとおりのものであり、臭気については、工場内ではメタンガスなどの臭気はパイプ回路に吸収されて全然覚知されず、バキユーム車からの投入時においてすら、投入ホースが受け入れ槽に突つこまれると投入口のホースの周囲は自動的に密閉される仕組でそこからの臭気の放出はなく、バキユーム車のメタンガスの爆発を防ぐための排気孔には屋内設置の吸気パイプの口蓋部分が車の進入と同時に接着されここからの臭気の放散もなく、投入車床のある建物内にも全然悪臭はなく、排気については、煙突からは微粒子を含む不透明のいわゆる煙は排出されておらず、ただかげろう状に透明な気体が上昇するだけである。債務者が予定している施設は、三次処理の完全機能をもつ最新式のもので、右の波方町の施設に比し同等以上の能力を発揮できるものである。

(二) 蕪崎海岸は殺風景な砂れきの浜でしかなく、伊予三島および川之江地区の製紙工場の廃液流入と蕪崎部落の大腸菌を含む未処理家庭廃水とによつて海水の汚濁が進み、昭和四七年度から既に町教育委員会は全面的に蕪崎海岸での海水浴を禁止している(現在まで解禁されてはいない。)し、魚、貝、藻類とくにアサリが採取できるものの、東方の宇摩郡各地海浜および西方の土居町天満および新居郡各地海浜に比べ特筆するに足るものはない。

そして、まず、本件予定地内は法的に債務者の排他的所有権の行なわれる地域であり、現実にも魚貝藻類の存在しない地域であるから入浜権(これが確立された法理であるかどうかは別として)とは関係ない。

つぎに、本件予定地外の海浜における入浜権に対する影響についていえば、これは一つにかかつて処理場からの放流水の汚染度によつて決せられるものであるところ、三次処理(これは主として分離した汚水に対して行なわれるものである。)を行なう最新式の本件施設からの排水の汚染度は、政府公定の基準値をはるかに下回つており、海生動植物に対し何等の害は生じないのであるから、入浜権侵害の問題は生じない。ただ本件施設が近辺にあることからの採取するにはきたないという心理的影響は、本件施設の工事を差し止める理由とはならない。

(三) 本件施設で必要とする希釈水として、パラペツト外の海浜の地下水を汲み上げる計画であるが、蕪崎地域は河口近くで東北方向に斜行する関川の北側低地に位置し、流域から浸透する地下水が豊富過ぎるため一毛田地帯となつている。したがつて、この地域から海岸に流出した地下水を本件施設の希釈水(日量五〇〇トン)に使用しても何らの被害はなく、専門家の試掘によつても地下水の汲み上げによる被害がないことが証明された。

(四) 債権者が心理的社会的影響として主張する点は非理性的で理由がない。

7  申請の原因6は争う。し尿処理場建設の計画の当初から諸所の候補地をあげ、立地条件、行政条件等全ての条件を総合検討した結果、本件予定地をおいて外により好適の場所はないとの結論に達した。そして右選定の際の立地条件として、高地では排水が他の水脈に混入するから低地でなければならないこと、排出気体および運搬車との関係から民家と一定の距離を保つこと、一定量の希釈用水を得られること、運搬コースが密集住宅地を通らないこと、被害のない排水路が得られることなどを掲げた。なお、設備が極めて高価であるから敷地獲得のための納税者の負担は軽いに越したことはない点、し尿処理場の敷地および進入路として個人の所有地を購入する場合、その目的が知れると実現が甚だ困難であるという点を考慮すれば、町有地であることは一つの積極的な条件と考えられる。

8  申請の原因7は争う。

土居町では昭和四九年度にし尿処理場の建設計画を立案し、財政措置その他の調査研究を進めると同時に、設置場所の選定について可能な候補地の調査と条件の検討を重ねた結果、本件予定地が最も有望視されるに至つた段階(昭和五〇年五月二〇日頃)で、漁業者と数回協議したほか、蕪崎地区出身の町議会議員および町職員と協議するとともに、他市町村のし尿処理施設の見学を行ない、同年五月三〇日に町議会の特別委員会に場所選定問題を提案し、同委員会で本件予定地を選定する旨の議決を得たので、即日、議会の全員協議会を開き、特別委員会の右決定を報告し、これについて全会一致の承認を得た。この時点で場所の選定は確定した。

右の確定以前に理事者が独自の意見で特定地区の住民と設置についての環境問題を公式に協議することは、議会軽視とのそしりを免れない。したがつて、場所確定以前には、前述のとおりの予備的打診程度の行動に止め、場所確定直後の同年六月上旬から翌昭和五一年三月下旬の都市計画法に基づく告示までの間、町理事者はもとより、職員を総動員して無慮百数十回にわたり蕪崎地区住民の団体、有志、個人および関係者と環境問題について協議を重ね、そのほか戸別訪問による協力要請、資料の説明、印刷物の配布、アンケートの実施などの努力を傾けた。しかる後に、都市計画法に基づく指定区域の告示を行ない、資料を縦覧に供したうえ、その後も引き続き説得につとめたが、結局のところ、蕪崎地区漁民の同意を得たにとどまり、債権者らの同意は遂に得られなかつた。

9  申請の原因8は争う。

廃棄物の処理及び清掃に関する法律の制定によつて、し尿の処理は市町村の責務とせられ、同時に、住民はこれに協力しなければならないこととなつた。

土居町においても数年前からし尿の計画的汲み取り処理を開始したが、昭和四五年度以降の町人口は大体一万六、五〇〇人強で、個人的浄化槽の利用者は極めて少なく、殆んどの人口が汲み取り方法によつており、汲み取つたし尿は全町平均で、自家処分の約四〇%に対し計画収集約六〇%の割合となつており、蕪崎地区においては、計画収集依存率は他地区よりも高く約七〇%に達している。しかるに、現状での瀬戸内海における海洋投棄は不可能であり、やむをえず計画収集によるし尿は、町内の特定空閑地に投棄、埋蔵するという原始的な処理を余儀なくされており、環境破壊と汚染のおそれが大で非衛生このうえなく、し尿処理場の設置は債権者らを含む全町民にとつて刻下の急務である。

なお、本件施設から公害の発生するおそれのないことは、これまで述べてきたとおりである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

第一申請の原因1および2の各事実については当事者間に争いがない。

第二本件予定地の存否と所有関係

一  債権者らは、本件予定地の公簿上の土地の大部分は公有水面下の土地である旨主張するが、右を認めるに足りる疎明資料はなく、かえつて、本件係争地を撮影したことに争いのない疎乙第一七号証の一ないし三、証人藤田富清の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる疎乙第一六号証の一ないし五、証人亀井貞雄、同星田真次の各証言および弁論の全趣旨を総合すると、本件予定地は、満潮時においても海面よりも上に存在する小高くなつた海岸であることが一応認められる。

二  本件予定地は、もと債務者に合併前の旧蕪崎村の所有に属していたことは当事者間に争いがないところ、証人藤田富清の証言(第二回)によつて原本の存在と成立とが認められる疎乙第二六号証の一ないし三、証人亀井貞雄、同星田真次の各証言を総合すると、昭和二九年三月末の右合併によつて、本件予定地は、債務者の所有となつたことが一応認められる(〔旧〕町村合併促進法-昭和二八年法律二五八号-第二三条参照)。本件予定地の所有関係についての証人尾崎渡の証言中、右認定に反する証言部分は、一貫した内容のものではなく、前掲疎明資料に対比しても容易に信用し難く、成立に争いのない疎甲第五〇号証、疎乙第二七号証の二によれば、合併によつて債務者の所有となつた土居町大字上野字十租の山林については、昭和三四年三月二六日にその所有権移転登記がなされているのに、本件予定地についての合併による所有権移転登記は、本件仮処分申請がなされた昭和五一年二月二〇日当時なされていなかつた(同年七月二八日に右登記がなされた。)ことが一応認められるが、右事実をもつてしては、前記認定を左右するに足りず、他に前記認定を覆すに足りる疎明資料はない。

第三本件施設の設置による影響

一  本件施設の概要

証人藤田富清の証言(第一、第二回)によつて真正に成立したものと認められる疎乙第一九号証の一、同第二〇号証、同第二二号証の一、二、同第二五号証の一、二、証人高橋孝、同角本義明の各証言を総合すると、本件施設は荏原インフイルコ株式会社が設計したもので、一日の生し尿の処理能力が二五キロリツトルの、いわゆる三次処理工程(二次処理工程で処理された水を、さらにBOD((生物化学的酸素要求量))等の数値を低め、或は窒素やリンを除去する処理工程を加えたもの)を採用した清水二〇倍希釈の酸化処理方式し尿処理施設であつて、その工程等は以下のとおりであることが一応認められ、これを覆すに足りる疎明資料はない。

1  収集されたし尿はバキユーム車から受入槽に投入され、粉砕機によつて紙、ビニール、綿布等の夾雑物が細かく粉砕され、この粉砕された夾雑物はドラムスクリーン、スクリユープレスによつて除去され、密閉のスクリユーコンベアで焼却炉に送られ焼却される。

2  夾雑物を除去されたし尿は貯留槽に流入し、そこで越流して前曝気槽に送られ、前曝気槽においてブロワーによつて空気が供給されて予備曝気される(予備曝気によつて流入水質の変動が平均化され、曝気槽の負荷が軽減される。)。

3  ついで、し尿は、し尿定量ポンプによつて曝気槽へ送られ、そこで一次希釈水と沈殿池からの返送汚泥および雑排水との混合液として調整され、前記会社独自の表面曝気装置によつて連続的に酸素を供給し、槽中の好気性微生物の作用によりし尿中の有機物(BOD、COD)が分解される。

4  曝気槽を出た処理し尿は沈殿池に導かれ、そこで固液分離されて固形物が沈殿する。そして、沈殿汚泥は汚泥掻寄機により槽底中央部にかきよせられ排泥され、この排泥の一部は返送汚泥として曝気槽へ送られ、残りは余剰汚泥として濃縮槽へ圧送される。

5  沈殿池の越流水は攪拌槽へ送られ、凝集剤が加えられ急速攪拌混合され、ついで凝集槽へ移され、高分子凝集剤が加えられ、凝集沈殿池で沈殿分離され、沈殿汚泥は濃縮槽に移送される。

6  凝集沈殿池の越流水は原水槽にためられ、圧力ポンプにより砂ろ過槽に送られて浮遊物の大半が取り除かれ、右処理された処理液はポンプ圧により活性炭ろ過槽へ送られ、そこで処理液中の溶解物質が吸着除去され、ついで滅菌池で塩素滅菌された後、放流されるが、右放流水のBODは、設計どおりの性能が発揮されれば、一〇PPM以下(ちなみに、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則に定められている維持管理基準値は日間平均値三〇PPMである。)となることになつている。

7  一方、前記濃縮槽で濃縮された汚泥は脱水助剤としての高分子凝集剤と混合され、遠心分離機で脱水され、脱水汚泥は汚泥乾燥機で乾燥されてから、焼却炉で処理され、灰は場外へ搬出される。

8  臭気については、受入槽、貯留槽、ドラムスクリーンなどから出る高濃度の臭気は、フアンによつてこれを引いて高温度で燃焼して脱臭し、前曝気槽、汚泥処理室、ポンプ室等から出る低濃度の臭気は水洗、アルカリ脱臭法によつて脱臭する。

二  他の施設の実状

既に稼働中の他のし尿処理施設の実状について考察するに、

1  成立に争いのない疎甲第一二号証の一(判例時報六三一号)に掲載の広島地裁昭和四六年五月二〇日判決および右についての控訴審の判決であることが当裁判所に顕著な広島高裁昭和四八年二月一四日判決(判例時報六九三号に掲載)によると、広島県、京都府下等各地に設置されている多くの処理場が、稼動後、設計段階における計画処理性能が維持されていないこと、およびそれらの多くの場合は、施設の処理能力が実際のし尿収集量に比較して過少であるため、消化槽における所定滞留日数を短縮する等計画どおりの処理をしないことによつて、施設の性能を悪化させていることが判示されている。

2  成立に争いのない疎甲第一二号証の二(判例時報七七二号)に掲載の熊本地裁昭和五〇年二月二七日判決によると、広島県、愛媛県、香川県に設置されているし尿処理場が、生し尿の恒常的過剰投入のため、必要な処理日数を経ずして、ほとんど生し尿に近いまま放流されることがあること等のため、右各施設では、設計どおりの運転ができていないことが判示されている。

3  成立に争いのない疎甲第一四号証、同第六八号証、証人藤田富清の証言(第二回)によつて真正に成立したものと認められる疎乙第三三号証、証人山口隆三、同大本一郎、同角本義明の各証言を総合すると、広島市がが、同市出島に設置した荏原インフイルコ株式会社(本件施設の設計、製造者と同じ会社)の設計、製造にかかるし尿処理施設が、右設置前、市当局や右会社から、防臭対策は万全であり、排煙対策は二段構えで大気の汚染を防ぐ旨の広報がされていたのに拘らず、昭和五〇年九月から開始した試運転後間もなく、悪臭(し尿と油の臭い)と多くのばい煙を発し、右施設から八〇〇メートル以上離れた地区に住む住民等からの苦情が続出し、昭和五一年六月に至るも改善の実があがらなかつたため、付近住民は、同年同月一二日、広島市に対し、右施設の操業停止を申し入れるに至つたことが一応認められる。

4  債権者野村正雄本人尋問の結果(第一回)によつて真正に成立したものと認められる疎甲第一五号証の一ないし三、証人山内伸英の証言によつて真正に成立したものと認められる疎甲第八二号証、証人藤田富清(第一回)、同山内伸英の各証言、債権者合田治郎、同東野正清各本人尋問の結果を総合すると、富山県の神岡および新居浜市(これらはいずれも荏原インフイルコ株式会社製造のもの)、伊予三島市、川之江市、香川県土庄町に作られた各し尿処理施設について、悪臭(新居浜市および土庄町の各施設については、更に汚水排出)の問題が生じており、特に、香川県土庄町の施設については、過剰投棄による悪臭や海水汚染が激しく、新しい施設を建設中であること、昭和五一年三月ころ愛知県西知多厚生組合が設置したし尿処理場(荏原インフイルコ株式会社製造の三次処理工程のもの)について、山内伸英らが調査に赴き、付近住民の者に二~三尋ねた際、時たま悪臭を感じることがあるとの返事を得たことが一応認められる。

以上のとおりであり、右認定を左右するに足りる疎明資料はない。

三  本件施設の適否

前記のように、これまでに各地に設置されたし尿処理施設においては、設計どおりの処理機能を発揮しておらず、悪臭を排出したり水を汚染させている事例が多いので、本件施設についても、必ずしも、その設計どおりの機能を発揮することができないのではないかとの危惧の存することは、否定できない。

しかし、文書の形態により、「し尿処理施設の機能と管理」と題した産業用水調査会発行の書籍の一部分と認められる疎乙第二五号証の一、二、証人高橋孝、同長谷部万亀男の各証言および自然科学上の経験則によると、我国におけるし尿処理施設は、当初消化処理方式のものを中心として設置され、その後、化学処理方式、酸化処理方式等が採用されるようになつたが、右各方式についても幾種類かのものがあり、また、処理工程や脱臭方法も異なるものがあり、かつ、時代の進展と共に改良されている事実が認められるので、前記の従前の各地の施設の概括的な実状のみによつて、直ちに、本件施設の評価をそれらと同一視することは相当ではないというべきであり、次に述べるように、本件施設は、従前の施設と対比して、処理工程等において重要な相違点や配慮がなされており、また本件施設と同一構造の施設について、良好な成果を挙げているものも存すること等の諸点をあわせ考えると、本件施設が設計どおりには稼働せず、その運転により悪臭あるいは公の基準を上回る汚水を排出する蓋然性が高いものとは認め難い。

1  他の諸施設との相違点

(一) 二次処理工程と三次処理工程

前記熊本地裁の判決によると、同判決において、設計どおりの運転ができていない場合が多いと推測された五か所の各施設は、久保田鉄工株式会社を設計製造者とし、熊本県牛深市が建設を予定したものと同じ構造をもつし尿処理施設についてなされたものであるところ、右牛深市が建設を予定した施設には、三次処理工程の装置を欠く旨が判示されていること、前記広島地裁および広島高裁の判決で建設禁止の仮処分のなされた高田郡衛生施設管理組合が建設しようとしたし尿処理場も、右各判決に判示された右施設の概要と、前記本件施設の概要とを対比し、かつ、前掲疎乙第二五号証の一、二の記述に照らすと、二次処理工程の施設であると推認されること、前記第三の二の4に掲記の各証拠によれば、富山県の神岡、伊予三島市、川之江市、新居浜市、香川県土庄町の各施設も二次処理工程のものであることが一応認められ、これら二次処理工程の施設による放流水の実状が、三次処理工程を採用する本件施設についてそのまま当てはまるものとはいい難い。

(二) 脱臭方式

証人藤田富清の証言(第三回)により愛媛県から債務者に対し、指導要領として交付された月刊誌の抜萃と認められる疎乙第四〇号証、証人長谷部万亀男の証言および自然科学上の経験則を総合すると、一般に、し尿処理施設における脱臭方法として、(イ)水洗やアルカリ脱臭法、(ロ)活性炭等で臭気物質を吸着して除去する方法、等のほかに、最近では、(ハ)ガス洗浄による方法、(ニ)オゾンによる脱臭法、(ホ)高温焼却法、(ヘ)触媒層を通す焼却法等があると認められ、本件施設では、前記のように、水洗、アルカリ脱臭法と高温焼却法とを併用しているところ、

(1)  前記広島地裁および広島高裁の各判決によると、高田郡衛生施設管理組合の施設は、脱臭方法として、水、苛性ソーダを用いる方法を採用しているに過ぎない。

(2)  前記熊本地裁の判決によると、牛深市の施設は、脱臭方法として、水洗式脱臭で脱臭のうえ、高温熱分解による方法を採用しているようである(右判決中の被申請人の答弁中の記載による。)が、右判決の、悪臭発生の蓋然性が高いとした判断中には、右脱臭方法の可否については判示されていない。

(3)  前記第三の二の3に掲記の各証拠によれば、前記広島市出島の施設は、脱臭方法として高温燃焼方法と水洗による方法とを併用しているが、二次処理工程の段階で、CGプロセスという我国では初めての特殊な処理方式(ろ過し尿に、油をまぜて蒸発缶に送り、水分を蒸発させたうえ、乾燥ケーキを遠心分離機にかけて油を取り除き、ボイラー用の燃料として利用し、乾燥し尿を燃焼させる方式)を採用しているため、その悪臭は、し尿および油についてのものが生じたこと、しかし、前記住民からの操業停止の申し入れをうけてからも改善につとめ、その後二か月足らずでその効果が現われ、住宅地域では日常生活に支障をきたすような悪臭は生じなくなり、住民からの苦情がなくなつたことが一応認められる。

(4)  臭気の点で問題があるとされる前記神岡、新居浜市、伊予三島市、川之江市、香川県土庄町、愛知県西知多厚生組合の各施設の脱臭方法は、明らかでないが、証人長谷部万亀男の証言中には、従前の二次処理工程の施設が採用している防臭方法は、主に水洗、アルカリ脱臭法である旨の証言部分が存するので、右証言によると、右各施設のうち、愛知県西知多厚生組合の施設を除く、その余の各施設は、水洗、アルカリ脱臭方法のみを採用しているに過ぎないと推認できないではない。

(三) 過剰投棄のおそれ

前記の広島地裁、広島高裁、熊本地裁の各判決は、いずれも、悪臭の生じる重要な原因としてし尿の恒常的な過剰投入をあげているので、本件施設についてこの点を検討する。

証人藤田富清の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認められる疎乙第二ないし第四号証、同証人の証言(第二回)によつて真正に成立したものと認められる疎乙第三〇、第三一号証の各一、二、証人星田真次の証言を総合すると、次の事実が一応認められる。

(一) 昭和五〇年の国勢調査における債務者の人口は一万六、三五七名であるが、相当数の農家があること等から、し尿を自家処分している者も相当数あつて、昭和五〇年四月から昭和五一年三月までの一年間のし尿収集量は合計五、五七六・四キロリツトルであり、これを一日平均量に換算すると、一五・二七八キロリツトルとなる。

(二) 債務者の昭和四五年の人口は一万六、五四〇名、昭和四六年の人口は一万六、四八四名、昭和四七年の人口は一万六、五四四名、昭和四八年の人口は一万六、五七一名、昭和四九年の人口は一万六、五七五名であるところ、昭和四七年の人口を基準として、最小二乗法によつて昭和五八年(厚生省のし尿処理整備事業計画についての指導によれば、計画規模は、過去五年間の人口、排出量等の実績を基礎として、原則として当該施設の稼働予定年の七年後における要処理量を推計して定めることになつている。)の土居町の総人口を推計すると、一万六、七一九人となるところ、かりに、その時点までにし尿を自家処分する人口が零となつて全人口が計画収集の対象となるものとし、一人一日当たりのし尿量を一・四リツトル(この数値は、過去の収集実績が明らかでない場合に、前記厚生省が採用している標準値)として、一日の収集量を算出すると、二三・四〇六六キロリツトルとなる。

以上のとおりである。右認定の事実に基づけば、本件施設(処理能力が一日二五キロリツトルであることは前認定のとおりである。)は、過剰投棄のおそれは殆んどないものということができる。

もつとも、成立に争いのない疎甲第一六号証の二、証人星田真次、同近藤久雄の各証言によれば、土居町では東京製鉄を誘致する計画を進めており、その企業規模は、従業員千名から千数百名位のものであることが一応認められるところ、証人近藤久雄、同尾崎渡の各証言中には、右誘致によつて関連下請け業者等の進出等によつて土居町の人口が二、〇〇〇ないし三、〇〇〇人増加することが予想される旨の証言部分があるが、右各供述部分は、的確な根拠に基づいたものではなく、前掲各証拠によれば、右企業誘致は従業員の地元採用を原則(この点について証人尾崎渡の証言中には、現在は若い労働者の七、八割が町外へ出ているので、一、〇〇〇名位は地元から採用できると思う旨の証言がある。)としていることに照らすと、前記増加人員についての証言部分は容易に信用できず、仮に、右企業誘致が実現したとしても、過剰投棄となることを予測し得る疎明資料はない。

2  設計、施工のチエツク

証人藤田富清の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認められる疎乙第一九号証の二、同証人および証人高橋孝、同星田真次の各証言によれば、債務者は、本件施設の建設に当たり、日本環境衛生センターに、本件施設の設計内容の検討を依頼し、本件施設の建設請負業者である荏原インフイルコ株式会社をも交えて右検討を重ねており、更に、仕様書どおりに本件施設が完成されるよう、同センターが、本件施設の施工の管理、監督をすることになつている。

3  気象条件についての対応策

債権者らは、本件予定地は、平素でも潮風の強い海岸地点であるから、機械に故障が生じやすい旨主張するが、証人藤田富清の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認められる疎乙第一九号証の一、同第二二号証の一、証人角本義明、同星田真次の各証言を総合すると、本件予定地は、パラペツト(防波堤)に接して海側に存するところ、本件施設を建築するについては、現在のパラペツトの高さまで埋立て、その外側には現在のパラペツトよりも岩乗なパラペツトを築造し、なお、本件施設の管理塔や投入口を除いた他の施設部分は、半地下に建設される計画であること、機械部品の金属は、塩分に強い種類を用いる等の配慮がなされていること、故障の生じ易い機械部品(たとえば、刃の磨耗に備えて粉砕機、一次処理にとって重要な部品で、しかも比較的故障しやすい曝気ブロワー、そのほか、し尿定量ポンプ、返送汚泥ポンプ、圧力式砂ろ過機等)については予備が組込まれており、これら部品が故障した場合でも、引き続いて作動できるようになつていることが一応認められる。

4  運転の管理体制

証人藤田富清の証言(第二回)と同証言によつて真正に成立したものと認められる疎乙第三二号証によれば、債務者は、本件施設を運転するための職員として事務職員二名(内一名を管理職・所長とする。)、技術職員二名(内一名は技術管理者とし、一名は水質検査等の技術職員とする。)、雇員二名の職員を確保し、水質、大気等の測定をするための検査室を設け、施設の運営につき現状を調査し不都合があれば町長に改善の建議をすることができる管理委員会(仮称)を設置する計画を立て、技術管理者として現に大学卒業者(電子工学専攻)一名を採用し、研修を受けさせているなど、施設の管理運営体制を整えていることが一応認められる。

5  他の良好な施設の存在

(一) 成立に争いのない疎乙第二三号証、証人長谷部万亀男、同藤田富清(第一回)の各証言を総合すると、愛媛県越智郡波方町に設置され、昭和五一年四月一日から操業を開始した波方町、大西町衛生事務組合し尿処理施設(海清園)は、建設業者は栗田工業株式会社で、希釈水として海水を用いる点で本件施設と異なつてはいるが、現在人口約一万九、五〇〇人、昭和五八年における推計人口二万三、五七三名、一人一日当たりのし尿量一・四リツトルとの予定の下に建設された一日の処理能力が二七キロリツトルの三次処理工程を採用した酸化処理方式の施設であること、脱臭方法として高温燃焼方法と水洗、アルカリ脱臭法とを併用していることにおいて本件施設と類似ないし一致しているところ、同施設の実状は、その施設内部中の前処理機室のみに多少の臭いが感じられるのみで、その他の室および施設外部においては臭気はなく、良好な操業が続けられている(なお、同施設の専従者は二名で、他に一名の雑用係の者がいる。)ことが、一応認められる。

(二) 証人藤田富清の証言(第三回)および同証言によつて真正に成立したものと認められる疎乙第四三号証によると、建設業者栗田工業株式会社、一日の処理能力五〇キロリツトル、希釈水は海水、放流先を海域(五〇メートル沖合)とする三次処理工程の採用されている広島県江能広域浄化センターは、排水が基準以下となつていて、住民(漁民)からの苦情のないことが、一応認められる。

(三) 証人亀井貞雄の証言によると、石川県の山中町に設置された、栗田工業株式会社の一日の処理能力二五キロリツトルの三神処理工程採用のし尿処理施設について、格別の公害問題は生じていないことが一応認められる。

四  債権者らが被ることが予測される被害

1  悪臭

債権者らは、悪臭による種々の被害を主張するが、前記のように、本件施設によつて、悪臭が生じる蓋然性が高いとは認め難い以上、右主張の被害も、これを認めることはできない。

2  潮干狩、海水浴について

(一) 前記のように、本件予定地は合併によつて債務者の所有地となつたのであるが、成立に争いのない疎甲第一七号証の一ないし六、同第九号証、証人星田真次の証言、債権者合田治郎、同鈴木トメ子、同村上栄一、同東野正清各本人尋問の結果、成立に争いのない検甲第一、第二号証を総合すると、本件予定地が町有地となつた後も、現在に至るまで、本件予定地を含め、その付近の海岸は遠浅で、地区住民を中心として海水浴場として利用されてきていた(但し、証人藤田富清の証言((第一回))によつて真正に成立したものと認められる疎乙第一二号証、同証人の証言((第三回))によつて真正に成立したものと認められる疎乙第三四号証、証人星田真次の証言によれば、土居町教育委員会では、昭和四七年度から現在に至るまで、本件予定地の存する蕪崎海岸での小、中学校児童、生徒の海水浴を海水汚染を理由に全面的に禁止していることが一応認められる。)し、アサリの産地として潮干狩がなされてきたことが一応認められる。

(二) 前記のように、本件施設から、公の基準を上回る汚水の排出がなされる蓋然性が高いものとは認め難いところであり、従つて、本件施設からの排水によつてアサリなどにどの程度の影響が生ずるかについては、これを判定することができないが、仮に、衛生上、それを食することに支障をきたさないとしても、人間の情として感覚的、感情的には、本件施設の排水口を中心として、排水が海水に拡散混合されると予測される数十メートルの範囲の海岸(成立に争いのない疎乙第一五号証の一ないし四、前掲疎乙第一六号証の一ないし五、同二七号証の二、証人藤田富清((第一回))、同星田真次の証言および弁論の全趣旨を総合すると、右範囲の海岸は債務者の所有地と一応認められる。)で海水浴を楽しむ気にはなれず、また、そこで取れたアサリを食する気になれなくなるであろうことは、一応推認することができる。

(三) 債務者は、その所有地について、住民の福祉に副つた利用をなすべき行政上の責務を負うことは、多言を要しないところである。そして、人が容易に海辺に赴くことができ、水泳に興じ、潮干狩を楽しむことができるということは、健康的な生活を営む上において、大切な事柄である。

債務者は、債務者の所有する前記本件施設の排水口から数十メートルの範囲の海岸について、債権者らを含む住民が、右行楽の場所として利用することを長年にわたつて容認してきたものであり、かかる住民の利益享有状態は、特段の事情のない限り、住民の福祉のため、できる限りこれを存続させるよう配慮すべき行政上の責務があるというべきである。

(四) しかしながら、他面、本件施設が、債務者の住民の福祉に副う、公共性および必要性の高いものであることは明らかなこと、証人藤田富清の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認められる疎乙第一四号証、同証人の証言(第三回)によつて真正に成立したものと認められる疎乙第三五号証の一、二、前掲疎甲第一七号証の一ないし六、証人藤田富清(第一回)、同亀井貞雄、同星田真次の各証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると、本件予定地から東方へ関川河口近くまで(直線距離にして九〇〇メートル弱)の間にわたつて遠浅の海岸が続いて存し、本件予定地近くの海岸と同様海水浴場、潮干狩場として住民に親しまれてきており、かつ、右海岸中の東方の藤原地区の海岸の方が本件予定地近くの海岸よりもアサリは多いこと、従つて、たとえ、本件施設の排水口から数十メートルの範囲の海岸において、海水浴や潮干狩ができなくなつたとしても、なお、それに隣接する広範囲の海岸において、海水浴や潮干狩ができることが一応認められ、これら事実を彼此勘案してみると、本件施設の設置によつて、前記の範囲内で、債権者らを含む住民が海水浴や潮干狩ができなくなつても、債権者らは、これを受忍しなければならないというべきである。

3  水脈枯渇

前記のように本件施設は一日の処理能力二五キロリツトルの清水二〇倍希釈の施設であるから、一日二五キロリツトルを処理する場合には、一日当たり五〇〇トンの真水を必要とするところ、債権者らは、右の真水の使用によつて、水脈は枯渇し、債権者らの日常生活等に被害が生じる旨主張する。しかし、証人藤田富清の証言(第三回)によつて真正に成立したものと認められる疎乙第三六号証の一ないし四によれば、本件予定地付近の地質は、上位から沖積層、洪積層、三豊層と基盤岩の和泉砂岸からなつているところ、同付近に存在する井戸の深さは全て一〇メートルよりも浅く、これに対して、本件施設が採水を予定しているのは、三豊層中の深さ三九ないし四八メートルのところの水であつて、各々が対象とする帯水層が異なつており、三豊層からは一日当たり三、〇〇〇トンの量の採水が十分可能であることが一応認められるので、本件施設が稼働することによつて付近の地下伏流水の水脈が枯渇し、住民の日常生活に支障をきたすおそれがあるものとは認められない。もつとも、前記のとおり、土居町では東京製鉄の企業誘致を計画しており、証人近藤久雄の証言中には、右誘致企業においても多量の水を必要とするため、これと競合することによつて水脈枯渇のおそれがある旨の証言部分があるけれども、右東京製鉄の必要とする水量が不明であること、前記のとおり誘致の実現までに不確定要素があること(証人星田真次の証言によれば、これまでに誘致場所が変更されたことが窺われる。)、前掲疎乙第三六号証の一ないし四によると、本件施設が採水しようとする層以外にも、帯水層があることが認められること等に照らすと、前記証言部分によつて、水脈枯渇の虞れがあるとは認め得ない。

4  心理的、社会的影響

債権者らが主張する点は、およそ、本件施設が設置される地区の住民において、多かれ、少なかれ、抱くこととなる合理性を欠く感情的な心痛であつて、前記本件施設の公共性等に鑑み、受忍すべき負担といわざるを得ない。

第四事前手続の適否

証人藤田富清の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認められる疎乙第一号証、同第一一号証、成立に争いのない疎乙第六、第七号証、同第八号証の一ないし三、同第九、第一〇号証、証人亀井貞雄、同星田真次、同近藤久雄、同山内貢、同藤田富清(第三回)の各証言、債権者合田次郎本人尋問の結果を総合すれば、本件施設の建設準備について、以下の事実が一応認められ、これを覆すに足りる疎明資料はない。

一  債務者における住民のし尿処理は、従前、し尿収集業者が住民から借地として野坪を堀り、これに投棄して、天日で乾燥させながら地中に浸みこませるといつた方法を採つていたが、業者と貸地人との間に紛争が生じ、また付近住民からは度々苦情がでるに至つたため、債務者が責任をもつて収集することとし、昭和四九年六月一日、住民から、期間を三年間に限つて借地して野坪を堀り、付近住民には早期にし尿処理場を建造することを約して了承を得、業者に委託して右同様方法で処理していた。

二  かくて、債務者は、昭和四九年六月二九日定例議会において、し尿処理場調査建設特別委員会を設置し、同年一二月に広報「土居」で右計画を住民に発表し、昭和五〇年一月から、関係課において、建設用地、建設規模、財政措置等について協議を重ねる一方、同年三月に議会の定例議会においてし尿処理場建設の予算を満場一致で可決した。その後、町理事者は同年五月二〇日ころから建設用地の選定について蕪崎出身の町役場職員や蕪崎地区漁業者代表と協議し、同月二六日には同漁業者全員に大洲市にあるし尿処理場を見学させる等し、同月三〇日、議会の特別委員会で用地を本件予定地にする旨の決定を報告して同委員会の同意を得、即日、議会全員協議会において右決定を報告した。

三  その後も、漁民の諒解を得る努力をしながら、これと並行して、同年六月初旬ころから蕪崎地区代表者と協議したのを初めとし、以後、同地区住民に対して、同地区六つの自治会につき一自治会から五、六名を選び同人らに栗田工業が施工した石川県山中町の三次処理工程を採用する処理場を見学させたり、自治会代表者、有志との座談会、協議会を開いたり、各自治会ごとに処理場建設計画説明会を開いて住民の質問に答えたりし、更に、理事者と蕪崎地区選出の三人の町議会議員とで処理場用地を再検討したあと、理事者、議会代表者、役場職員らが地元有志、反対派役員を個別訪問して協力を要請したり、理事者、議会代表、係長以上の役場職員が蕪崎地区の各戸を歴訪して説得に努めたり、広報号外や本件予定地に決定した理由、本件施設の概要、運搬経路図等を印刷したちらし(疎乙第九号証と同一のもの)を蕪崎全戸に配布して協力を要請するなど、説得に努めた。そして、本件施設の計画決定について知事の承認が昭和五一年三月二七日なされたので、これに基づき所定の図書を公衆の縦覧に供し、その後も説得につとめたが、結局、蕪崎地区漁民の同意を得たにとどまり、債権者らの同意を得ることができなかつた。

なお、債務者は、右反対住民との話し合いの際に、本件施設建設についての補償として蕪崎地区の振興事業を行なう用意をし、そのための具体的な話し合いをもつ旨申し入れをした(が、断られた。)。

以上のとおりであり、右認定した事実によれば、債務者の本件施設建設に関する手続が、住民の意見を聴取しない違法なものであるとは認め難い。

第五他の適地の存否

成立に争いのない疎乙第九号証、証人亀井貞雄、同星田真次の各証言によれば、債務者が本件予定地を選定するに至つたのは、施設の規模に見合う用地の確保、使用水量(水質を含む。)の確保、排水処理の関係、搬入経路の関係、隣接部落までの距離等の諸点を検討した結果、本件予定地は、前記のように、債務者の所有地で、施設の規模に見合う敷地であること、水量も前記のように豊富であること、排水処理との関係では漁民の数軒を除くと、民衆との距離が最も近い所で六〇〇メートル以上離れていること、搬入経路も家並の道路の通行が少なくてすむ等前記いずれの要件をも満たしているということで適地として選定したことが一応認められる。

債権者らは、磯浦地区が適地である旨主張し、証人山内貢、同尾崎渡、同寺尾一郎の各証言中および債権者合田治郎本人の供述中には、右主張に副う証言および供述部分が存するが、証人星田真次、同山内貢の各証言、債権者合田治郎本人の供述および弁論の全趣旨を総合すると、同地区には町有地がないため土地の買収から交渉せねばならず、しかもその中の適地と目される場所までは五〇〇メートル以上にわたつて道路が通じていないため自転車でも通行できない状況にあり、自動車道路をつくるためには断崖にそつた工事がされなければならないことが認められるので、到底適地とは認め難く、他に、本件予定地に優る適地の存在を認めるに足りる疎明資料はない。

第六以上説示したところにより、債権者ら主張の被保全権利については、これを認めるに足りる疎明がないことに帰し、本件事案の性質上、右疎明に代えて保証をもつてするのは相当でないので、債権者らの本件申請は、その余について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 出嵜正清 宗哲朗 山崎宏)

(別紙)物件目録

宇摩郡土居町大字蕪崎字角田一、八四一番五

一 雑種地 五、四四三平方メートル

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